留学報告

福田 征孝

はじめに

順天堂大学麻酔科・ペインクリニック講座では、臨床留学、基礎研究留学が盛んで、数多くの医局員が海外で研鑽を積んでいます。当科ではそれぞれの分野でのトップランナーの先生方がおり、海外施設との交流も活発です。臨床留学ではカナダやオーストラリアでサブスペシャリティに磨きをかけている先生方がおり、基礎研究留学では米国やヨーロッパならではの“大掛かりな施設”を用いた先駆的な研究をされている先生方がいます。
私は2020年9月からの2年間、米国中西部ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学麻酔科に基礎研究留学させていただきました。海外留学のきっかけとしては大学院生時代に基礎研究の楽しさを知り、ご指導いただいた先生方から伺った海外での研究生活のお話に大変興味を持ち、卒業後にどこか海外で基礎医学研究を学びたいと考えていました。そこで大学院時代にお世話になり、米国留学中でもあった菅澤佑介先任准教授に相談し、Evers研究室を紹介していただきました。

留学先の研究室や研究テーマ

ワシントン大学セントルイス校は1853年に創立され、医療や建築、経済学などの分野が有名です。ノーベル賞受賞者も多数輩出しており、医療分野ではワシントンマニュアルなどは私たち日本人にもよく知られている書籍だと思います。
Alex S. Evers教授が主催するEvers研究室ではGABA-A受容体における神経ステロイドや麻酔薬、脂質の結合部位の構造生物学的解析や受容体機能への影響を研究のメインテーマにしており、そのほかにもNMDA受容体をはじめ、多様な膜タンパク質の研究をおこなっています。私はTransmembrane protein 16という近年注目されている膜タンパク質における、脂質の結合部位の特定とその影響について研究しました。この膜タンパク質はスクランブラーゼという機能を持ち、脂質二重層を横切るリン脂質の双方向の移動を促進することによって、脂質の非対称性を調節します。この作用は血液凝固反応やアポトーシス、膜融合などの多様な生理学的プロセスにおいて重要な役割を果たします。研究では光親和性標識法(Photoaffinity labeling)、質量分析計、蛍光分光高度計や低温電子顕微鏡法など最新の技術を駆使して、この膜タンパク質の脂質の結合部位を特定しました。さらに結合部位の遺伝子変異型を作成し、脂質輸送に関するメカニズムの一部を解明しました。この研究の重要性は、スクランブラーゼへの脂質の作用を調べることによって、出血性疾患であるスコット症候群や血液凝固障害に対する治療薬の生成、治療法の開発に貢献することです。さらに脂質と麻酔薬は構造上の類似点も多いことから、この研究は周術期に用いる薬剤がこの膜タンパク質に与える影響のメカニズム解明につながるのではないかと考えています。
日本に帰国後も、この研究は継続して行っており、現在では後藤良太先生が大学院生として中心に実験しています。また2023年より当科の研究員であった小山智志先生がEvers研究室のポスドクとなり、ワシントン大学との交流は今もなお続いています。

留学生活を通じて

留学期間中は様々なトラブルや困難も経験しましたが、Evers研究室の方々や留学先で知り合った先生方、日本にいる医局員の先生方、そして一番は家族に助けられました。また同じ研究室に留学していた高知大学麻酔科学・集中治療医学講座の立岩浩規先生には公私ともに本当にお世話になり、帰国後も交流を続けています。COVID-19パンデミック中での留学は苦労も多く、また研究室で生じる多くの課題を立岩先生と共有することで、困難な状況を乗り越えることができました。留学生活を通じて、日本の重要な国際的パートナーであるアメリカの凄さを直に目の当たりにし、一方で日本の良さにも改めて気付くことができました。日本では海外留学する人は年々減少傾向にあります。確かに実際に国外に行かなくてもInternetやYouTubeで海外の情報に簡単にアクセスし、こんな感じなのかと推測することはできます。しかしながら、“百聞は一見に如かず”という教えがあるように、実際に異国の人々と協力して働き、その国の住人として暮らすことは、自分の感性や考えに大きな影響を与えてくれます。私たちが生きる現代社会には多様な価値観があること、国を超えた国際的な協調が必要な課題があること、グローバルな視点を持つことの重要性を教えてくれたこの留学経験は、今後の人生を生きる上でも大変有意義な時間だったと感じています。

順天堂大学麻酔科・ペインクリニック講座に入局を検討中で、かつ海外留学にも興味があるという方はぜひ一度ご見学いただけましたら、入局後に様々な“道”があることを知ってもらえると思います。ホームページより、お気軽にご連絡ください。
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お世話になったEvers研究室の先生方

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研究室のみなさんとメジャーリーグ野球観戦