留学報告

岡田 尚子 留学中間報告

はじめに

順天堂大学は国際化を重要なビジョンの一つとして掲げています。麻酔科・ペインクリニック講座でも、今までにも臨床・研究それぞれに海外で研鑽を積んできた先生方が多くいらっしゃいます。その方々の多様な価値観の中で培われた経験と知識は、帰国後にはサブスペシャリティーを生かした麻酔科医としてキャリアの強みとなっています。
私は産科麻酔を専門としています。順天堂大学では多くの産科ハイリスク症例を診察しますが、産科危機的出血の治療や、妊娠女性に特有の凝固線溶異常など、現段階の知識では解決しきれない問題に出会うことがありました。いつか深く知識を掘り下げ解決につなげたいと思うようになり、この度、血液凝固の世界的権威である米国オクラホマ大学麻酔科のProf. Kenichi Tanakaの研究チームに参加させていただいています。

留学先の研究室やテーマ

こちらの研究室はwet labとdry labが共存しています。Wet labとは一般的に思い浮かぶ研究室のことです。臨床での問題を解決するための基礎研究を、凝固線溶メカニズムの核となるトロンビン・プラスミン生成、血液粘弾性検査、動的血餅形成の観察など用いて行っています。研究室の主なテーマに、心臓手術中の人工心肺使用時に起きるヘパリン抵抗性があります。このテーマは一見産科出血には全く関連しませんが、抗凝固薬の影響や血液凝固カスケードに存在しない因子の理解など、基礎を学ぶ上で大変勉強になります。一方dry labではビックデータを用いた疫学解析を行っており、統計学の専門家の先生の指導をいただきながら論文に仕上げていきます。そのほかに、適切に意見を伝えるトレーニングを兼ねて論文に対するレターを執筆しています。レターは短い期間でのチームワークが重要で、テーマに対し一人が最初の意見を提示し、共著者のフィードバックをもらい、最後に一貫性のある文章にまとめ上げます。また臨床研究では成人・小児心臓麻酔、産科麻酔と幅広い分野での経験を得ることができます。手術室で麻酔科医や人工心肺担当工学士さんとの会話は学ぶことが多く、楽しい時間です。
世界で活躍しているProf. Tanakaの研究室には、多彩なテーマが絶えず存在します。私の1年目はdry labが大半を占め、文章構成の基礎から学び、インプットを文章にする毎日でした。並行してたくさんの論文を読み、2年目に入る今では作成したプロトコールを基にwet labでの実験が増え、実践的な研究に携わる機会が増えました。しかしモル濃度の計算などは高校時代の知識を記憶の底から引っ張り出し、慣れない技術に悪戦苦闘していますが、少しずつ理解が深まってきたところです。心が折れそうなときは家族や友人の支えをとてもありがたく感じます。残り1年となった留学ですが、目標を明確に掲げ日々精進していきたいと思います。

家庭と仕事との両立

仕事をしていく中で、自分が学びたいタイミングと可能なタイミングは必ずしも一致しません。私は子どもの教育環境を変えたくなかったため、彼らが大学に進学した後に自身が留学することとしました。若い頃に比べれば吸収能力はよくないことは否めません。ノーベル平和賞を受賞したDr. Albert Schweitzerは、49歳で本格的に医師の仕事を始めるときに"It's never too late to start."という言葉を残したそうです。この言葉は学生時代の教科書の記憶ですが、私はそのスピリットに大変感銘を受け、胸の中に大事に持ち続けています。男性、女性にかかわらず、家庭と仕事との両立は簡単なものではありませんが、仲間との信頼関係の中で、自身が成長できるチャンスは必ず訪れるものだと思います。

最後に

産科麻酔チーム、麻酔科の先生方、そして家族には快く送り出してくれたことに心より感謝しています。そして大学教員としてサバティカル研修の支援をいただいていることに、深く感謝申し上げます。血液凝固に対する疑問のうち研修期間で解決できることは限られていますが、この研修で得た知識や技術、そして築いた新たなつながりを、順天堂大学での臨床と研究に還元し、さらなる発展に貢献したいと思います。

順天堂大学麻酔科・ペインクリニック講座での研修に興味がある方、海外留学に興味のある方は、見学にいらっしゃることをお勧めします。ホームページよりお問い合わせください。
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Drs.Tanaka and Stewartとのリサーチミーティング

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Medical Student Anesthesia Research Fellowshipのジャーナルクラブにて

福田 征孝 海外留学報告(ワシントン大学)

はじめに

順天堂大学麻酔科・ペインクリニック講座では、臨床留学、基礎研究留学が盛んで、数多くの医局員が海外で研鑽を積んでいます。当科ではそれぞれの分野でのトップランナーの先生方がおり、海外施設との交流も活発です。臨床留学ではカナダやオーストラリアでサブスペシャリティに磨きをかけている先生方がおり、基礎研究留学では米国やヨーロッパならではの“大掛かりな施設”を用いた先駆的な研究をされている先生方がいます。
私は2020年9月からの2年間、米国中西部ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学麻酔科に基礎研究留学させていただきました。海外留学のきっかけとしては大学院生時代に基礎研究の楽しさを知り、ご指導いただいた先生方から伺った海外での研究生活のお話に大変興味を持ち、卒業後にどこか海外で基礎医学研究を学びたいと考えていました。そこで大学院時代にお世話になり、米国留学中でもあった菅澤佑介先任准教授に相談し、Evers研究室を紹介していただきました。

留学先の研究室や研究テーマ

ワシントン大学セントルイス校は1853年に創立され、医療や建築、経済学などの分野が有名です。ノーベル賞受賞者も多数輩出しており、医療分野ではワシントンマニュアルなどは私たち日本人にもよく知られている書籍だと思います。
Alex S. Evers教授が主催するEvers研究室ではGABA-A受容体における神経ステロイドや麻酔薬、脂質の結合部位の構造生物学的解析や受容体機能への影響を研究のメインテーマにしており、そのほかにもNMDA受容体をはじめ、多様な膜タンパク質の研究をおこなっています。私はTransmembrane protein 16という近年注目されている膜タンパク質における、脂質の結合部位の特定とその影響について研究しました。この膜タンパク質はスクランブラーゼという機能を持ち、脂質二重層を横切るリン脂質の双方向の移動を促進することによって、脂質の非対称性を調節します。この作用は血液凝固反応やアポトーシス、膜融合などの多様な生理学的プロセスにおいて重要な役割を果たします。研究では光親和性標識法(Photoaffinity labeling)、質量分析計、蛍光分光高度計や低温電子顕微鏡法など最新の技術を駆使して、この膜タンパク質の脂質の結合部位を特定しました。さらに結合部位の遺伝子変異型を作成し、脂質輸送に関するメカニズムの一部を解明しました。この研究の重要性は、スクランブラーゼへの脂質の作用を調べることによって、出血性疾患であるスコット症候群や血液凝固障害に対する治療薬の生成、治療法の開発に貢献することです。さらに脂質と麻酔薬は構造上の類似点も多いことから、この研究は周術期に用いる薬剤がこの膜タンパク質に与える影響のメカニズム解明につながるのではないかと考えています。
日本に帰国後も、この研究は継続して行っており、現在では後藤良太先生が大学院生として中心に実験しています。また2023年より当科の研究員であった小山智志先生がEvers研究室のポスドクとなり、ワシントン大学との交流は今もなお続いています。

留学生活を通じて

留学期間中は様々なトラブルや困難も経験しましたが、Evers研究室の方々や留学先で知り合った先生方、日本にいる医局員の先生方、そして一番は家族に助けられました。また同じ研究室に留学していた高知大学麻酔科学・集中治療医学講座の立岩浩規先生には公私ともに本当にお世話になり、帰国後も交流を続けています。COVID-19パンデミック中での留学は苦労も多く、また研究室で生じる多くの課題を立岩先生と共有することで、困難な状況を乗り越えることができました。留学生活を通じて、日本の重要な国際的パートナーであるアメリカの凄さを直に目の当たりにし、一方で日本の良さにも改めて気付くことができました。日本では海外留学する人は年々減少傾向にあります。確かに実際に国外に行かなくてもInternetやYouTubeで海外の情報に簡単にアクセスし、こんな感じなのかと推測することはできます。しかしながら、“百聞は一見に如かず”という教えがあるように、実際に異国の人々と協力して働き、その国の住人として暮らすことは、自分の感性や考えに大きな影響を与えてくれます。私たちが生きる現代社会には多様な価値観があること、国を超えた国際的な協調が必要な課題があること、グローバルな視点を持つことの重要性を教えてくれたこの留学経験は、今後の人生を生きる上でも大変有意義な時間だったと感じています。

順天堂大学麻酔科・ペインクリニック講座に入局を検討中で、かつ海外留学にも興味があるという方はぜひ一度ご見学いただけましたら、入局後に様々な“道”があることを知ってもらえると思います。ホームページより、お気軽にご連絡ください。
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お世話になったEvers研究室の先生方

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研究室のみなさんとメジャーリーグ野球観戦