骨粗鬆症診の紹介
「整形外科」を英語ではOrthopaedicsといいますが、この語は1741年パリの内科医 Nicolas Andry が、"L'orthopedie"という著書を「小児の身体の変形を予防し、かつ矯正する術」という副題をつけて発行したことにその語源があると考えられています。当時は骨代謝性疾患のくる病など、主に小児疾患による骨の変形を治療する科として、外科から分枝しています。しかし、21世紀に入り長寿化と少子高齢化が進み、整形外科の活躍の場も、小児領域のみならず高齢者領域まで幅広くなっています。
世界に類の見ない超長寿社会をひた走る本邦において、運動器慢性加齢性疾患に対する理解を深め、早期対策の重要性を国民全体に広めることを目的とすることは重要です。それは平均寿命と要介護・要支援が必要となる健康寿命との差が、男性で約9年、女性で約13年あり、この差を極力縮めるためには、運動器加齢性疾患対策が喫緊の課題と考えられているからです。ロコモーティブシンドロームの国民全体への認知率を20%程度から80%まで向上させるという目標が、厚生労働省から作成された健康日本21(第二次)において提唱されているのもこの現れです。
ロコモーティブシンドロームの主な原因疾患として、変形性関節症、腰部脊柱管狭窄症と並んで骨粗鬆症が含まれています。骨強度が加齢とともに低下し、軽微な外傷でも容易に骨折を招くリスクが高くなる骨粗鬆症への治療介入が本邦で本格化したのは、2001年に窒素含有型ビスフォスホネート製剤が臨床応用開始となった頃からです。しかし、ここに至るまでには長い道のりがあります。
ビスフォスホネートは、1970年代から開発がはじまり、海外で骨粗鬆症の治療に用いられるまでには、約25年程度かかっています。その後の分子生物学の発展により、骨代謝領域でも1990年代後半には骨芽細胞が発現し破骨細胞の分化誘導因子であるRANKL(receptor activator of NF-κB ligand)が発見されました。これは約10年で抗体療法が臨床応用されています。
当教室では、1990年代後半から、当時急速な進歩を遂げ始めていた骨代謝研究領域で国内屈指の複数の研究室の門をたたき、多くの大学院生がこの領域で学んできました。その後順天堂に戻り、現在各専門分野で、保存的治療から外科的治療に至るまで分子生物学的知識を駆使しながら活躍しています。
診療体制
骨粗鬆症診は、本邦で骨粗鬆症治療が本格的に開始された2001年を機に開設されました。小児骨代謝の臨床に長く携られてきた当大学小児科の時田章史先生にもご参加いただき、骨代謝の臨床についてご指導賜りました。2002年から石島旨章が、2003年から坂本優子(現、順天堂練馬病院)が、2011年から野尻英俊(現、順天堂東京江東高齢者医療センター)が、2013年から木下真由子(現、順天堂静岡病院)が加わりました。
現在は2016年より加入しました長尾雅史と石島旨章の2人体制で診療にあたっております。
臨床研究
大学内では主に臨床研究を行っています。開設当時から、骨粗鬆症治療による骨密度増加作用における、ビタミンDの作用とその重要性について検討を続けています。ビタミンDは、体内に入ったあと、皮膚と肝臓そして腎臓にて活性化されることで主に腸管からのカルシウム吸収を促進します。本邦では、古くから活性型ビタミンD製剤が開発され使用されていますが、これを用いると上記の体内での活性化が不要と考えられています。
2001年以降、強力な骨吸収抑制剤である窒素含有型ビスフォスホネート製剤が使用開始となりましたが、これにより骨密度を増加させ骨強度を増すためには、その材料となるカルシウムを十分に体内に取り込むことが重要となります。
われわれは、ビタミンDが欠損ではなく、不足程度の状態にあっても、ビスフォスホネート製剤による骨密度増加効果が阻害されることを報告しました
(図1:Calcif Tissue Int, 85, 398-404, 2009)。さらに、当院を受診した閉経後骨粗鬆症患者さん(平均70.2歳)の実に半数以上がこのビタミンD不足の状態であることが明らかになりました(図2)。
これにより、ビスフォスホネート製剤を服用さえすれば、強力な骨吸収抑制とそれに伴う骨密度増加並びに脆弱性骨折抑制が得られるのではなく、その実現には骨を増強する環境を整え、さらに長期にわたる治療が必要であることがご理解いただけるかと思います。
脆弱性骨折の予防を目指した骨粗鬆症治療が本格的に開始されてから10年以上が経過しましたが、脆弱性骨折の中でも最も重要な大腿骨近位部骨折の発生数はまだ増加していると考えられています(日本整形外科学会骨粗鬆症委員会調査、2014)。
以上のように、当科の骨粗鬆症診では、「患者さん目線に立った骨粗鬆症治療」を原点に、日常臨床における問題点の解決を目指した活動をすすめています。
スタッフ紹介