講演1:「乳がんのお薬最新情報 ~乳がんの個別化医療を目指して~」

質疑応答

全て開く
乳がんで内分泌療法でのホルモン剤の選択になる場合には、閉経前、閉経後以外の要素についても、個別化をさせて対応はされているのでしょうか。また、男性乳がんの場合であり、ホルモン療法の場合にはどのようにホルモン剤を選択されているのでしょうか。
エストロゲン受容体陽性乳がん術後患者さんでは、再発の危険性を減らす目的でホルモン剤を5年間または10年間服用していたくことがほとんどです。服用していただくホルモン剤は閉経前と閉経後で異なり、閉経前の患者さんではタモキシフェン、閉経後の患者さんアナストロゾールまたはレトロゾールが選択されることが一般的です。さらに、再発の危険性がやや高いと判断された(たとえば、転移リンパ節の個数が多い、しこりが大きい)閉経後の患者さんでは、分子標的治療薬(アベマシクリブ)を最初の2年間だけ併用する場合があります。男性乳がんの患者さんの場合、タモキシフェンが選択されることが多いと思います。
保険適応になった検査は条件を満たすことができれば、化学療法をしていない場合、ホルモン治療のみ、経過観察のみでも受けることが可能なのでしょうか。またがんのタイプ(一般的な乳がん腫)や特殊型パターンのがん腫の場合とでは受けられる条件やわかる内容に差があるのでしょうか。
ご質問の内容から、「オンコタイプDXⓇ乳がん再発スコア」のことかと思われます。この検査の目的は、「ホルモン療法(内分泌療法)が必要とされている患者さんに対し、ホルモン療法に加え、化学療法(抗がん剤治療)を強く勧めるべきかどうか」を主治医が判断する助けとして行われるものです。この検査の結果(再発スコアと、そのスコアに応じた推定再発率)により、化学療法を強く勧めるか、弱く勧めるか、もしくは勧めないか、を判断する情報(の一つ)となります。その後、化学療法を受けるかどうかを主治医と患者さんで話し合い、決定していきます。また、主治医からすでに「化学療法を受けたほうがよい」と言われている方や、「経過観察のみでよい」と言われている方にとっては、必須の検査ではありません。なぜならば、長い乳がん診療の歴史から、「転移リンパ節の個数が多い」または「しこりが大きい」患者さんは再発の危険性が高いことがすでにわかっています。この検査は、エストロゲン受容体陰性乳がん、HER2(ハーツー)陽性乳がんの患者さんに対してはデータがありませんので、医師が検査を勧めることはありません。特殊なタイプの乳がんの場合、データの信頼性がやや劣る可能性は否定できません。
男性にも乳がんが生じますが、その遺伝性はいかがでしょうか。また、男性が罹る比率と薬の効き方に性差はあるのでしょうか。
男性乳がんは非常に少なく、まとまったデータがありませんが、経験的には女性の100~200分の1くらいの頻度かと思われます。多くは60代以降の男性で、BRCA2遺伝子の変異(異常)が見られることがあります。この遺伝子変異は親から子へ受け継がれる可能性があり、男性では乳がん・前立腺がん・膵がんの発生危険因子となり、女性では乳がん・卵巣がん・膵がんの発生危険因子となります(必ずがんになる、という意味ではありません)。乳がんのお薬は女性の乳がん患者さんを対象として開発されてきましたので、男性乳がん患者さんに対する効果に関するデータはほとんどありません。しかし、理論的にはほぼ同じ効果が期待できると考えられており、実際に同じお薬が使用されています。
トリプルネガティブの抗がん剤の最新情報を教えてください。
トリプルネガティブ乳がん(エストロゲン受容耐陰性かつHER2陰性の乳がん)は長らく分子標的治療薬(がん細胞に特徴的なたんぱく質を標的にしたお薬)の対象外でしたが、最近は何種類かの分子標的治療薬が使用可能または開発中です。まず、BRCA1/2遺伝子に変異のある再発トリプルネガティブ乳がん患者さんに対して、「PARP(パープ)阻害薬」が使用可能です(近い将来、BRCA1/2遺伝子変異陽性のトリプルネガティブ乳がん患者さんの術後療法にも使用可能になる予定です)。また、分子標的治療薬の一種である「免疫チェックポイント阻害薬」も使用可能となりました。このお薬は、乳がん組織に「PD-L1」というたんぱく質が多く見られるトリプルネガティブ乳がん(PD-L1陽性トリプルネガティブ乳がん)患者さんに対し、使用することができます。PD-L1が陽性のトリプルネガティブ乳がん患者さんは、トリプルネガティブ乳がん患者さん全体の4割です。その他、トリプルネガティブ乳がん患者さんの約8割で陽性であるTROP-2を対象とした分子標的薬も開発中です(2021年12月現在)。

講演2:「思春期・若年成人世代のがんと妊娠 〜将来の妊娠に備えて出来ること〜」

全て開く
2か月前に乳がんの手術をして今放射線療法をしている。乳がんの場合は、放射線療法で妊孕性が低下することはありませんか。放射線の回数も25回と16回から選べたのですが、放射線の回数によって妊孕性の低下に違いはありますか。
一般的に乳がん治療のうち妊孕性に影響を及ぼすのは薬物療法です。手術の前後に施行される化学療法やホルモン療法により妊孕性の低下や喪失が危惧され、化学療法では薬剤の種類により卵巣毒性が懸念されます。
放射線については、腹部や骨盤部に照射が行われた場合は卵子への影響があり、照射される放射線の量が増えるほど卵巣へのダメージは大きくなります。しかし乳房への照射については一般的には妊孕性への影響はないと考えられます。
乳房温存術後照射後の、照射側乳房からの授乳は照射による組織変化により不可能となる場合もありますが、対側乳房からは安全に授乳ができるとの報告があります。
放射線照射は回数だけでなく照射量も考える必要があり、具体的な回数に関するコメントは控えさせていただきます。
具体的な症例と金銭負担について教えてください。
具体的な症例につきまして、妊孕性温存施設により採卵費用、受精卵凍結費用などが異なります。また誘発方法などによっても大きく異なります。各妊孕性温存施設にお問い合わせください。ご参考までに、2017年にまとめられた若年がん患者に対するがん・生殖医療(妊孕性温存治療)の有効性に関する調査研究の報告書によれば採卵周期当たりの費用は未受精卵子凍結で20万~30万円、卵巣組織凍結で60万~70万円の施設が最も多かったですが、施設によるばらつきが大きいです。受精卵凍結については不妊治療目的の採卵から受精卵凍結にかかる費用の中央値が東京都で約55万円とのデータがありますが、これも誘発方法や施設によりばらつきが大きいです。費用負担については症例により大きく異なりますので、実際の負担が平均とは大きく異なる可能性があります。
経済的負担に対して、厚生労働省の「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」が行われており、43歳未満かつ対象となる方では一回当たり胚凍結35万円、未受精卵子凍結20万円、卵巣組織凍結40万円、精子凍結2.5万円、精子凍結(精巣内精子採取)35万円。(各2回まで)の助成があります。詳しくは妊孕性温存施設にお問い合わせください。
治療の必要はないが、経過観察中の人の妊娠について詳しく教えてください。
がん治療医による、妊娠可能かどうかの判断が最も重要になります。妊娠可能であればがん治療医と生殖専門医、妊娠後は産科医とで連携を計りながら治療を行っていきます。
卵巣を体外に保存する技術はいつ頃一般化されるのでしょうか。
世界では、欧米を中心として約4000例以上もの若年がん患者さんの卵巣組織が凍結保存されている現状があります。日本でも複数の実施可能施設(施設内倫理委員会承認)があります。しかしがんの種類によって卵巣に転移する可能性のあるがんなどは対象になりませんので注意が必要です。
卵巣組織凍結保存可能施設については日本産科婦人科学会のホームページより検索できます。(https://www.jsog.or.jp/facility_program/search_facility.php
(2022年1月アクセス)