講演1:乳がん治療の最新情報

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質疑応答

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女性の場合未婚の人に乳がんが多くなっていると聞きましたが、本当でしょうか。
多くなっているというデータはありません。但し、30歳までに出産経験が無い(授乳経験が無い)ということが、乳がんの罹患リスクを上げている(乳がんにかかりやすい理由の1つになっている)ということは、以前から知られていることです。
乳がんは遺伝するのでしょうか。(祖母の妹が乳がんの場合、遺伝するリスクは高いのでしょうか)
遺伝性の乳がんは5-10%程度と言われています。血のつながりがある家族内(第1・2度近親者と呼ばれている近い身内)に3人以上の乳がんがいると、乳がんが遺伝する家系かもしれないと疑います。若年(35歳未満)や男性、両側の乳がんの方がいる場合は、家系に2人の乳がんであっても、遺伝性である可能性が高まります。こういった家系で、遺伝子の検査をすると、BRCA1とかBRCA2の変異を受け継いでいるかどうかがわかるのですが、もしもこういった遺伝子の変異を受け継いでいる乳がんの場合は、生涯のうちで乳がんになる可能性は80%程度ととても高くなります。が、祖母の妹となると第2度近親者には含まれませんので、乳がんへのなりやすさに関係しないと言ってよいでしょう。
現時点での手術方法はどのようなものがあるのでしょうか。温存療法について詳しく教えてほしい。
がんの広がりが乳房の4分の1を上回ることが予想される場合と乳房の中心部分にしこりが占拠している場合は、温存術ができません。乳房の4分の1以下の切除で取りきれそうな乳がんに温存術が可能となります。しこり(手で触れる硬い部分)が小さかったり、しこりが全く触れない時期の乳がんであっても、実は、顕微鏡レベルでは、4分の1を超えていることは、意外に多いので、様々な画像検査や組織診を組み合わせて顕微鏡レベルの広がりを予想して範囲決めを行い、温存術が適するかどうかを判断します。また、温存術ができる人であっても、それを望まなければ乳房切除(乳房を全部切除する手術)をします。温存術は原則として放射線療法を術後に行わないと、後の乳房内再発のリスクが30-40%程度もあることが報告されているので、放射線を望まない人、放射線療法ができない合併症(ある種の膠原病、肺疾患等)を持っている人は、乳がんの広がりがどうであれ、最初から乳房切除を選択されることになります。温存術は、乳がんの広がり方の特徴から、円状(円筒状)切除と扇状切除があります。乳腺の腺葉に沿って広がるタイプの乳がんは、扇状切除が適しており、そうではなくしこりから放射状に広がるタイプのものには、しこりを中心とした円状切除が適します。切除したあとの欠損部分は、残された乳房組織をうまく合わせることで修復します。
乳がんは、どこから転移し始めるのでしょうか。
乳房の中では、まずリンパ管の中に侵入し、リンパ節(腋や傍胸骨の)に転移し、その後骨髄の中に侵入すると考えられています。よって、リンパ節転移の次に多いのが骨転移であると報告されています。その次に多いのが胸膜や肺、そして肝臓です。骨や肺、肝臓へは血行性に転移すると考えられています。
乳がんのタイプは、原発時と再発した時は、同じタイプなのでしょうか。タイプはどのようにして分類されるのでしょうか。初回のがんで治療(タイプ)は決まるのでしょうか。それとも、毎回タイプを調べるのでしょうか。検査で局所麻酔を使用する場合に局所麻酔薬が使えない場合は、他に検査の方法もあるのでしょうか。
原発巣のがん細胞は転移先のがん細胞と基本的に類似しています。他人のがん細胞と比べると、圧倒的に同じ患者さんの乳がん細胞同士はよく似た性格をもっています。しかし、世代が変わると少しずつ性格が変わったものが生まれてきます。これは全ての生物に共通することでしょう。生物は多様性を獲得することで、生き延びようとします。(最終的にがんは、同じ患者さんの体の中だけで終わってしまいますが・・・)例えば、最初のがん細胞がホルモン感受性のあるものであったとしても、手術をするころには、例えば90%のがん細胞がホルモン感受性陽性のがんであった場合、一部(10%)感受性の無い細胞が生まれているということであり、その性格を持った細胞のみがわずか少数転移をしはじめていたとすれば、原発巣の大多数の細胞と転移巣の細胞は、薬剤の効き目が異なるということになります。しかし原発巣からは、組織や細胞が採取できます(組織診、生検、手術などで)が、転移巣から組織を採ることは容易ではないため、通常組織診をすることは稀です。経過や画像の特徴、血液中の腫瘍マーカーなどから、転移であることを推測します。よって、治療的診断といって、治療薬への反応から、ホルモン感受性を失い始めた・・・などと、性質の変化を知ることになります。タイプの分類は、講演の中でも紹介したとおり、LuminalA(ホルモン感受性の強いがん;ホルモン療法が良く効き、抗がん剤はあまり効かない)、LuminalB(ホルモン療法もある程度効くが、抗がん剤の助けも要する。Her2タンパクを持っているものも含まれ、これをもっていればハーセプチンも要する)、Basal(ホルモン療法もハーセプチンも無効にて、抗がん剤のみが治療手段になる)、Her2タイプ(抗がん剤とハーセプチンの両方が必要なタイプ。ホルモン療法は無効)。原発巣から変化していくときに、ある薬剤が段々効きやすくなるということは通常ない。段々に効かなくなるという方向に変化していってしまう。
早期発見、早期治療とはどこまでをいうのでしょうか。大病院では、待たされることが多く不安になります。発見されてから手術まで3ヶ月、手術から細胞検査を経て治療まで2ヶ月、その間に何もしないのは、普通のことなのでしょうか。乳がんの進行は、遅いということでしょうか。
通常、乳がんができはじめてから、発見されるまで、10年ほどの時間を要します。顕微鏡でやっと見えるがん細胞が、超音波やマンモグラフィー、CT,MRIなどで同定できるようになる数mmに達するのには、とても時間がかかるのです。1個のがん細胞が2個になるのに平均100日かかると言われており、約1年で16個になります。この繰り返しで1個のがん細胞が1cmくらいの直径の球形の塊になるのに10年かかるとされています。1cmで診断されても、3ヶ月後に手術であれば、1.33cmになってしまいます。しかし、日本人の平均発見サイズは2.5cmですので、11cmのころから、計算上は10ヶ月ほど放置してから受診されていることになります。手術を待つのは、検査のためと手術ができる件数が、その病院の中で物理的に決まってしまうからなのです。例えば毎日3件手術枠が取れる病院で、もう1件増やそうと思うと、他の科の患者さんに手術枠を譲ってもらわねばなりません。実績ある病院ほど待っている患者さんが多く、病院規模を容易には大きくできないために、必然的に患者さんにはある程度お待ちいただくことになります。医療者としては、なるべく待たせず、理想的な待機時間として、検査が十分に行えて、その評価や患者さんの理解、納得が得られる期間(2週間から1ヶ月ほど)を目指したいと思っておりますが、これが無理な場合は、早く手術ができる病院を紹介させていただくこともあります。最近は、ある程度進行している患者さんに術前化学療法をお勧めしておりますので、この場合、同意説明の後1週間以内に化学療法を開始することになります。
放射線は、術後どのくらい経ってからするものなのでしょうか。間はどのくらいあけても大丈夫なのでしょうか。
術後2ヶ月以内に始めるように推奨されていますが、術後に化学療法が必要な場合は、化学療法を3ヶ月~6ヶ月施行したあとに放射線療法になりますから、だいぶ後になります。どれくらいまでなら大丈夫かという問いに正確に答えられるデータはありません。どんながんによく効くのかというデータも乏しく、今後調べていかなくてはならない課題の1つです。傷が治り、リンパ液がたまらなくなり、より優先順位の高い治療(化学療法)が終了し、抵抗力が戻ったら、なるべく速やかに開始するのがよいとお答えしておきましょう。
術後の定期検査については、再発・転移が早く見つかっても、遅く見つかっても予後は同じと聞きました。ということは、血液検査やX線以外の体に負担のかかる検査はしないでいいのでしょうか。
転移再発は、発見が遅くなりすぎると、化学療法ができなくなり、延命が全くできないまま終末期に入ってしまいます。治療ができる時期に発見されれば、平均で数年の延命ができることが多いので、予後が同じとは言えません。また、転移が症状の無い時期に見つかれば、症状の無い状態で延命ができる時間が保て、症状があってからの発見であれば、その症状をもとに戻すことができにくくなる例もあります。例えば骨折をおこしてから見つかった骨転移と、骨折を起こす前に見つかった骨転移とでは、その後の生活の質も異なります。しかし、こういった例以外においては、転移を多少早く発見するか否かで、明確な予後の差異は証明されていない状況です。薬物療法の進歩とともに、転移をしてからの生活の質の維持と、生命予後の延長が少しずつ改善を見るなかで、転移をごく微小な時期から治療するのが、術前や術後の薬物療法だと考えることもできるので、未来においては、転移の早期発見技術開発が進むかもしれません。今のところは、患者さんと主治医が再発の症状に気付くこと(骨のしつこい痛みやカラ咳など)、疑わしい時に確認する検査を行うことが、症状の無い時に検査を行うことより、その発見に寄与すると考えられています。
トリプルネガティブの最新の薬について(特効薬ができたかどうか)教えてほしい。
トリプリネガティブの約半数は、既存の乳癌治療薬が奏功します。残り半分については、研究段階で、特効薬ができたという朗報は無い状況です。
再発した場合、同じ抗がん剤は使えるのでしょうか。
再発前に、予防目的で使用した薬剤は、その終了日から1年以内に再発した場合を除き、同じ薬剤を使用する価値がありますが、再発してから使用下薬剤で、1度効かないということが証明されたものについては、原則2度目の使用はしません。1度抵抗性を獲得したがん細胞は、同じ薬剤に効きやすくなるということがないからです。但し、ハーセプチンのような分子標的薬は、他の薬物療法剤と組み合わせて使用するため、1度抵抗性を帯びても、相方の抗がん剤の方を変えるだけで再び有効性を証明することができうるために、何度でも使用し続けることができます。
乳がんの予防法(食生活やライフスタイル)はありますか。
乳がんの発生のメカニズムが解明されていない以上、予防はできるとは言えません。しかし、閉経後乳がんに肥満が多いとか、ホルモン補充療法が関係しているという疫学調査やタモキシフェンというホルモン療法剤で対側乳がんの発生率を下げるという報告がなされているので、これらを参考に、肥満にならない食生活を送り、ホルモン補充療法には慎重な姿勢でいること、薬で罹患リスクを減らす(化学予防)のであれば、将来的には、タモキシフェンなどのホルモン療法剤が、罹患リスクの高い人に用いられるようになるかもしれません。
発生年齢が若いと、手術痕、仕事復帰までの日数、再発の恐怖と悩むことも多いと思いますが、どのように治療に向き合ったら良いでしょうか。
まずは、自分が置かれている状況(生活面、社会面、精神面等)を医療者(乳腺科の主治医や形成外科医、メンタルケア科の医師、産婦人科の医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、臨床心理士等)に把握してもらい、相談することです。また、患者会などを利用して、仲間がどのように対処しているのかを知ることも参考になります。がんサロンや公開講座への参加もお勧めです。若ければ若いほど、社会や家庭で果たす役割が中途で継続できなくなるのではないかという悩みを持つことになるでしょう。身体面での悩みに応えるのみならず、病院には、経済面での悩みに応えるソーシャルワーカー、メンタル面での相談に乗ったり、お子さんや老父母に病気のことを伝える方法をアドバイスできる臨床心理士、生殖医療の相談に乗れる婦人科医もおります。まずは、最初の窓口として、乳腺センターの外来看護師に尋ねてみてください。
元となるがんを手術で切り取った場合でも、性質上がんの細胞分裂が早かったりした場合、再発のリスクはどのくらい高いのでしょうか。
再発という言葉は、乳房の中にもう一度がんが発生する局所再発と、転移が見つかる転移再発があります。まず局所再発の場合、乳房内にがんが残っていて、放射線や薬物療法で死滅してくれなかった場合に徐々に増殖をして、一定期間の後に発見されるわけですが、勿論、分裂スピードが速い方が、早く見つかることになるわけです。同じように乳房内にがんが残っていても、分裂速度が遅いと、発見される大きさになるまでに時間がかかります。このように、分裂速度で再発するまでの時間に差がでますが、再発するかしないかというリスクに差があるかといえば、化学療法(抗がん剤)を使用して治療した場合に、分裂速度が速いがんの方が、細胞がよく死滅するという報告があります。一方、細胞分裂のスピードが遅いと、化学療法は効果が高くないのです。よって、必ずしも分裂速度が速い方が再発リスクが高いとは言えません。再発するかどうかは、そこにがんが残っているかどうか、そのがんが薬物療法に感受性があるかどうか、がんの成長と自身の罹患年齢との兼ね合いで、がんが見つかるまでの時間と自身の天寿までの時間との兼ね合いで決まって来ると言えましょう。
次に、転移再発についてですが、これも局所再発のリスクに通ずるところがあります。しかし、大きな違いは、転移再発が手術術式よりは、薬物療法の内容に依存するということです。手術をしたのに転移した・・というのではなく、手術は局所再発を防ぐためにするものだと考えてください。転移再発を防ぐのは、薬物療法(化学療法も含めて)であり、手術をしっかりやったことで防げるものではないことが多いのです。乳房外に流れ出ている病巣まで手術で取り去ることができないからです。(しかし、適切な手術をしておくことは、間接的に転移再発を抑える役目も果たすことは事実です。乳房内のがんを放置していては、やがて新たな飛び火の原因になるからです)薬物療法の効果は、前述した局所療法の場合と、分裂速度との関係は同様です。
ホルモン治療は5~10年服用ですが、そのホルモンの効果は、再発・転移があるまで、同じホルモン剤を服用するのでしょうか。
その通りです。しかし、閉経前にホルモン療法をタモキシフェンで開始した人が、経過中に閉経を迎えていた場合は、アロマターゼ阻害剤に切り替えるというやり方はあります。その方が、再発抑制の効果が高いことが知られています。
ki67の数値は50%以上と言われていますが、ER(+)Her(-)だとLuminalBでしょうか。また、ki67が50%以上の場合、悪性度が高いのでしょうか。(抗がん剤治療はFECとタキソールをしています。現在は、フェマーラ服用中です)
ki67の意味は、まだ議論が多いところですが、増殖している細胞の割合といってよい数値ですので、これが高い方が、増殖スピードが速いと考えてよいでしょう。30%以上であれば、ホルモン受容体が陽性であっても、化学療法が有効なLuminalBと考えるようになってきています。
検診の時、男性の乳がんは悪性だから充分気をつけるようにと言われましたが本当でしょうか。また、乳がんは遺伝性の強いものなのでしょうか。(祖父と父が乳がんでした)
男性乳がんは、女性の乳がんよりも性質が大人しい(女性ホルモンに感受性が高く、ホルモン療法が有効であり、がん細胞の増殖がゆっくり)と言われています。また発見も容易(もともと扁平な胸にできるため、しこりがわかりやすい)です。しかし、受診を躊躇したり、まさかという思いで診断が遅れることで、周囲の臓器に及んでしまうのだと考えられます。女性と比べて、構造上、周囲の臓器(筋肉や皮膚)に到達するのは早いと言えます。遺伝の問題は、前述しましたが、家系に男性で2人が乳癌であれば、家族性乳癌である可能性はあると思います。遺伝子検査で、遺伝性かどうかがわかることがありますが、そういった検査は、その意義と危険について、遺伝相談外来のある施設で説明を受けて、家族会議で十分話し合った後に受けるかどうかを決めることをお勧めします。

講演2:化学療法の効果と副作用

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薬害で死亡するということはあるのでしょうか。
薬害による死亡はその因果関係をはっきりさせることが難しいですが、実際には起こりうる事象です。新しい薬剤の開発やあたらしい治療法を調べる臨床試験では、こうした事実が報告された場合に臨床試験そのものの中止・変更を厳しく検討します。臨床試験では、薬剤の副作用、有効性、標準的治療との比較などの試験結果を経て一般的な治療法として世の中に普及していきます。最も重要なことは一般的な治療法として普及した治療法の選択が抗がん剤を扱う医師に求められています。どのような状況の患者さんにどの抗がん剤をどのくらいの量で投与すべきなのかという問題は単純に過去に報告された医学論文だけで決めるのではなく、患者さんお一人お一人の治療歴、症状、臓器の機能がどのくらい障害されているかなど様々な観点から適切な治療法、薬剤の選択、投与量をよく検討する必要があります。
金の切れ目が命の切れ目と言われるぐらい薬が高いですが、今後公的負担で、少しでも安く治療が受けられるようになるのでしょうか?
高額な治療費に対して公的負担によって、治療費の負担を軽減する仕組みはあります。しかし、分子標的治療薬は高額なお薬であることが多く公的負担による軽減をはかっても、月にお支払いする治療費はやはり高いことが多いと思います。医学論文や海外の学会報告などの医学的な根拠だけではなく、こうした経済的な問題にもきちんとした説明が必要な時期に迫られていると思われます。
副作用の中で脱毛がとにかくつらいのですが、脱毛しない抗がん剤の研究は進まないものでしょうか。カツラを使用しているのですが、暑さも風もつらいです。乳がんより副作用のほうがつらいかもしれません。
抗がん剤による副作用を軽減する研究は現在でも行われていますが、確実に有効といえるような治療法はいまだに確立されていないことが多いようです。