膝前十字靭帯損傷の症例は非常に多く(年間手術件数:平均約150件)、当科が30年近い研究と経験を積んだ分野です。
通常、切れた前十字靱帯が自然に癒合することはなく、永続的に膝の不安定性と不安感が残るため、一般的にスポーツ復帰を目標とした場合、手術以外の保存療法は無効とされていますので、スポーツを継続するのならば靱帯の再建手術が必要です。
再建手術は、自分の組織を用いて再建する(自家腱移植)のがベストな方法とされています。当院で20年来主に行っている膝屈筋腱(ハムストリングス)を用いた関節鏡視下膝前十字靱帯再建術は、切開は最小限で大きな合併症がなく、術後の成績も安定しているため、有効な治療方法として確立されています。我が国のサッカー、ラグビー、アメフット、バスケットボール等のトップレベルの数多くの選手が術後も復帰し、けがをする前と同様に活躍しています。また、独自の内視鏡手術によって、入院は約1週間で、その後のきめ細かな術後リハビリ指導によって術後6~9ヶ月でスポーツ復帰を果たしています。
前十字靭帯の役割
前十字靭帯は膝関節の中で、大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)をつないでいる強力な靭帯で、その役割は、主に大腿骨に対して脛骨が前へ移動しないような制御(前後への安定性)と、捻った方向に対して動きすぎないような制御(回旋方向への安定性)の2つがあります。 つまり、この靭帯を損傷すると、膝は前後方向および回旋方向の2つの方向に弛くなります。
前十字靭帯の損傷
スポーツ外傷として頻度が高く、ジャンプ後の着地、疾走中の急激な方向転換・ストップ動作、相手との衝突などによって、膝関節に異常な回旋力が加わって損傷します。受傷時には『ブツッ』という断裂音(だんれつおん)を感じたり、膝が外れた感じがしたり、激しい痛みを伴ったり、徐々 に膝が腫れて曲りが悪くなったりします。膝の関節内に出血が見られることは、大きな特徴の一つです。
前十字靭帯を損傷した後の経過
急性期を過ぎると痛みと腫れが軽減し、病院への受診と診断が遅れてしまう場合もあります。しかし、前十字靭帯の正常な緊張がなくなると、関節の安定性が損なわれ、膝が容易にガクッと外れるような "膝崩れ(Giving Way)" という現象が生じます。部分的な損傷で "膝崩れ(Giving Way)"をほとんど生じない方もいますが、損傷した前十字靱帯が自然経過中で100%の状態にまで修復することは極めて難しいと考えられています。
スポーツ活動や日常生活動作で"弛さ"を感じたり、"膝崩れ(Giving Way)"を起こしてしまった場合、そのまま放置すると関節内の半月板(はんげつばん)や軟骨(なんこつ)を損傷(下図)してしまうリスクが高くなります。半月板や軟骨が痛んでくる病気は変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)といって、一般的には関節軟骨がすり減って痛む高齢者に多い疾患とされています。しかし、前十字靭帯の機能不全によって若年者でも生じることがあり、進行してしまうと日常生活動作にも大きな支障をきたしてしまいます。
前十字靭帯損傷の治療方針と手術の適応
スポーツ活動を継続したい方、日常生作でも スポーツ活動を継続したい方、日常生作でも "弛さ"や"膝崩れ"症状が出現してしまう方は、靭帯の再建手術を行うことが望ましいです。
早期のスポーツ復帰をご希望される場合を除き、どうしても急ぐ必要はなく、仕事や学校、ご家庭での都合に合わせて手術時期を決定します。ただし、その場合は膝を捻るような動作を繰り返すと二次損傷を起こしてしまうリスクがあるため、そのような動作を避けて生活することが必要です。
手術について
現在では、自分の組織を用いて再建する(自家腱移植)のが、世界的にもベストな方法とされています。当院で30年来主に行っている膝屈筋腱(ひざくっきんけん)を用いた関節鏡視下(かんせつきょうしか)再建術は、最小限の切開で大きな合併症もなく、術後の成績も安定しているため、有効な治療方法として確立されています。膝関節を構成する大腿骨と脛骨の最適部位に関節鏡を用いて細いトンネルを作製し、そこに採取加工した腱を貫いて上端と下端を金具で固定することで膝の安定性を得ることを目的とします。
また、当院の特色として、ラグビー、柔道、アメリカンフットボール、相撲などコンタクトスポーツを行う重量級の患者さんが多く訪れますが、その際には膝蓋腱(しつがいけん)を用いた再建術を行うこともあります。膝蓋腱は膝蓋骨と脛骨の間にあり、この腱の真ん中1/3程度を骨付きで採取し、移植腱として使用します。
当院で行っている前十字靭帯損傷治療の特徴
当院では、①最少侵襲(しんしゅう)、②早期社会復帰、③スポーツ現場における高いパフォーマンスでの復帰を目標とし、以下独自の特徴で治療を行っています。
1. 遺残靭帯温存(いざんじんたいおんぞん)前十字靭帯再建術
前十字靭帯損傷といっても、靭帯のすべてが消失してしまうわけではなく、手術時には損傷した靭帯(遺残靭帯)が多く残っていることがあります。私達は長年、この遺残靭帯を残して再建手術を行う方法に取り組み、その成果を報告してきました。遺残靭帯を温存することのメリットは様々ありますが、関節内にある血管をできる限り残すことで移植した再建靭帯への早期栄養供給に優れていることなどの可能性を考えています。
2. 解剖学的1束再建術
再建靭帯を2本にする「2重束(じゅうそく)再建」を行っている施設もありますが、その優位性は診察室の中で医師が行う検査で若干証明されているものの、スポーツ現場における選手にとって大きなアドバンテージがあるという結論には現在までに至っておりません。私達は損傷を免れた組織をできる限り温存し、最少侵襲で手術を行うことを目的としているため、2重束再建手術は以下の理由で行っていません。
- 移植腱を2本採取する場合は、術後ハムストリングの筋力が弱くなってしまう
- 移植腱を1本だけで、2本の再建靭帯を作る場合は、各々1本の再建靭帯が細くて弱くなってしまう
- 骨孔(トンネル)を4つ作らねばならず、関節内や骨への侵襲が大きい
などです。
膝関節内への侵襲を最小限にすることで、以下のようなメリットが得られます。
3. 術後早期から荷重歩行開始
手術後翌日から、松葉杖を使用しながら手術した脚を軽く地面に着き、歩行訓練を開始します。半月板の合併手術がなければ、医師側から荷重(かじゅう)の制限をすることはなく、ほとんどの患者さんが術後約1週間で松葉杖1本、約2週間で松葉杖を外して歩く練習ができます。早期に足の裏を地面に接することは、関節機能や筋力、姿勢保持、バランス維持などに大きなメリットがあると考えています。
4. 装具の必要なし
私たちは以前、数万円という費用をご負担いただき、術後の患者さんに装具を装着していました。しかし、その後の研究により、まったく同じ手術方法で手術を受けた患者さんに対して、装具を着けた群と装具を着けなかった群で比較を行ったところ、その治療成績に何ら違いがなかったことがわかりました。手術手技の進歩などの影響により、現在では装具を必要としなくても、安定した膝関節機能を獲得できることから、使用していません。
5. 入院期間は7日間以下
最少侵襲の手術をコンセプトとしていること、早期の荷重や可動域訓練を行っていることなどより、入院平均日数は術後7日間以下です。学生や社会人など、忙しくて長期に休暇が取れない方でもご心配ありません。
6. 現場トレーナーや理学療法士との密接なコミュニケーション
前十字靭帯損傷後のスポーツ復帰は約 280日と報告されています 。
当院でのスポーツ復帰率は90%以上、復帰までに要する期間は競技種目やレベルにもよりますが、約8.3ヶ月でした。つまり、入院期間は約1週間ですが、手術後の長い時間は、リハビリテーションに費やさなければなりません。手術が終われば医師の仕事が終わるわけではなく、患者さんが希望されるレベルへのスポーツ復帰までのサポートが大きな役割となります。
当院の大きな特徴として、多くの医師がスポーツの現場に出向いていることがあげられます。理学療法士やトレーナーなど、スポーツ現場に携わるスタッフと密接なコミュニケーションをとり、術後のサポートをしています。
また、学校や仕事、家事などの都合で専門的なリハビリができない患者さんも多くいらっしゃいますが、ご心配ありません。入院中にお渡しするリハビリノートを参考にすれば、ご家庭や近くのジムでも、一人で十分にリハビリを行うことが可能です。
もし、術後のリハビリテーション指導を専門的な病院にてご希望される場合は、ご相談下さい。
主に以下の病院では、当院で行った再建手術後のリハビリテーションに精通している医師と専門スタッフがサポートしております。
リハビリテーション提携病院
患者さんへ
現在順天堂医院では常に満床状態が続いており、多くの患者さんが入院や手術を待機されております
アスリートや時間の限られた学生など早期手術・早期復帰をご希望になる患者さんには、順天堂の附属病院や関連病院での手術をお願いすることもございます。
ただし、その場合は、必ず当院の担当医師が手術を行い、サポート致しますのでご安心下さい。
アトピー性皮膚炎のある方へ
前十字靭帯再建手術に伴う術後感染症の発生率は極めて低く1%以下といわれています。
しかし、活動性の高いアトピー性皮膚炎があると感染率が高いことが近年報告されています。当院では、
皮膚科外来にてアトピー性皮膚炎の高度な専門的治療を行っております。
状態によっては術前にアトピー性皮膚炎の治療を優先的に行う場合もあります。