希少肺疾患や自然気胸の診療
呼吸器領域には、疾患頻度の少ない希少疾患がたくさんあります。病気の頻度が少ないため、希少肺疾患の患者さんの診療は呼吸器専門医でも経験が少ないことが実情ですが、common diseaseの患者さんと同じような安心感をもって、また、信頼して受診していただけるよう心がけて診療を担当しています。「患者さんのために」の想いをもとに、国内外の医療者や診療機関ネットワークとの連携や交流を推進し、患者さんの診療へフィードバックできるよう心がけています(図1)。
図1.当科における希少肺疾患や難治性自然気胸の診療への取り組み
希少肺疾患
当科で多くの患者さんを診療している希少肺疾患には、リンパ脈管筋腫症、α1-アンチトリプシン欠乏症、Birt-Hogg-Dubé症候群、嚢胞性肺疾患、があります。特に、リンパ脈管筋腫症(LAM)については、「LAM専門外来」、を標榜し、国内で最も多くのLAM患者さんの診療を担当しています。従来は、偽閉経療法(GnRH療法)や気管支拡張薬吸入などで内科的な最大限の治療を行っても、重症例では肺移植を必要とするほど肺機能は低下してしまいましたが、2014年12月からLAMの治療薬としてシロリムス(商品名ラパリムス錠)が保険適応薬となり、LAM患者さんの診療は大きく変わりました。
シロリムスの安全性と有効性を確認するために国内で実施された医師主導治験には、当院通院中のたくさんのLAM患者さんが協力してくださったことに感謝しています。治験に参加してくれた患者さんから、「10年先を思い描けるようになった」、と言葉をいただいたことは、医療者として大きな励みとなりました。現在、当科にはシロリムス治療を受けているLAM患者さんが100名以上通院されていますので、診療経験の蓄積を次の新たな治療法への開発へと繋げられるよう目指しています。LAMの診療に当たっては、複数の診療科や施設と連携しています。LAMは女性にほぼ限って発症する病気であるため、また、腎臓に血管筋脂肪腫を合併する方がいるため、婦人科、放射線科、とは緊密な診療連携を行っています。結節性硬化症を背景とするLAM患者さんの診療は、院内の結節性硬化症診療ネットワークを活用して多数の診療科と必要に応じて診療連携を行い情報共有しています。
α1-アンチトリプシン欠乏症(AATD)は、生まれつき血液中のα1-アンチトリプシン(AAT)が少ないために40歳前後で慢性閉塞性肺疾患(COPD)を発症します。AATD患者は世界中には約100万人程度いると推測されていますが、2016年に発表した日本の全国調査の結果では、軽症例も含めて24名の患者しかいないと推測され、国内ではとても患者数の少ない疾患です。治療は、禁煙、粉塵を吸入するような環境からの回避、そしてCOPD診療ガイドラインに沿った治療を行います。しかし、欧米では約30年も前からヒト血漿分画製剤であるAATの補充療法が行われています。病気の本態である「不足しているAATを補充する」という病因に沿った治療法ですが、日本ではあまりに患者数が少ないことから保険治療薬としての道はなかなか拓けませんでした。しかし、2016年から当科が中心となって国内のAATD患者さんの参加をいただいて治験を行った結果、2021年7月から保険適応となりました。ヒトのプール血漿から生成されたAAT製剤(商品名リンスパッド)を毎週1回、体重1Kgあたり60mgの量を点滴投与する治療です。点滴自体は、体重60Kgの成人では約20~30分くらいで終わります。保険適応の治療薬が誕生したことで、今まで未診断であったAATD患者さんが、今後は正しく診断され、治療に繋げられる可能性があります。
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)は、皮膚(おもに顔の丘疹)、肺(肺囊胞や自然気胸)、腎臓(腎嚢胞や腫瘍)、に病変が生じる遺伝性疾患です。一人の患者さんに、これらすべての病変ができるわけではありませんが、最も早期に発症するのは自然気胸であるため呼吸器科医が最初に診療する機会が多い疾患です。親や同胞にも気胸は発症する家族性気胸の原因として、最も多い疾患です。当科では、気胸治療の専門施設である日産厚生会玉川病院気胸研究センターと連携し、BHDS患者の診断と気胸治療にかかわり、国内で最も多くのBHDS患者さんの遺伝子診断を行っており、すでに400家系以上で診断を行っています。2021年12月まで、約3年間、気胸・囊胞性肺疾患学会の会員施設とともに、BHDSの診断と診療についての共同研究を行い、現在、その成果をまとめているところです。この結果をもとに、日本人のBHDSの診断基準を確立することを目指しています。
LAMやBHDSは胸部CT画像でたくさんの囊胞を認めることが特徴で、診断の契機にもなるため、「嚢胞性肺疾患」としても分類されます。当科はLAMの診療実績を積むにつれ、呼吸器領域ではBHDSを国内で最初に診断し、その他の稀な嚢胞性肺疾患(ランゲルハンス細胞組織球症、Erdheim-Chester病(エルドハイム・チェスター病)、シェーグレン症候群やアミロイドーシスに伴う嚢胞性肺疾患、PEComa(ペコーマ)や婦人科系腫瘍の肺転移に伴う嚢胞性肺疾患、など)の患者さんを的確に診断し、定期的に診療しています。なかには、既知の疾患にはあてはまらない、病因が未確定の嚢胞性肺疾患の患者さんも存在し、定期的に診療を続けている方もいます。冒頭にも述べましたが、ネットワークや診療連携を活用し、かつ、豊富な診療実績に基づき、頻度が少ない希な病気の患者さんにも安心・信頼していいただける医療を提供致します。
自然気胸
気胸は胸腔内に空気が貯留した状態をさす言葉です。明らかな誘因なく発症する気胸は原発性自然気胸とよばれ、肺尖部のブレブ・ブラの破裂によるとされています。一方、様々な呼吸器疾患に伴って発症する自然気胸は、続発性自然気胸と呼ばれます原発性自然気胸は、20歳前後のやせ型で長身の男性に好発します。一方、続発性気胸はCOPDや間質性肺炎などの呼吸器疾患を原因として発症するため60歳代に多く、その治療も難しい場合があります。その他、LAM、BHDS、嚢胞性肺疾患、などの希少疾患に伴って発生する場合があります。気胸の治療は、気胸の程度(すなわち、肺の虚脱の程度)により異なりますが、安静、脱気、胸腔ドレーンの挿入あるいは外来治療が可能な簡易型ドレナージキット(ソラシック・エッグ®)の挿入、胸腔鏡下手術などがあります。原発性自然気胸は呼吸器外科に手術をお願いすることが多いですが、続発性気胸の場合には、重症のCOPDや間質性肺炎などの基礎疾患のため手術ができない場合があります。
胸腔造影によるエアー・リーク・ポイント(気漏部位)の同定、気漏の程度に応じた癒着療法やEWS®を用いた気道内充填療法、基礎疾患の重症度に応じた胸膜癒着剤の選択(自己血、50%ブドウ糖液、ピシバニール、など)、胸腔造影で気漏部位を同定すると同時に癒着療法を行う、等の工夫のもとに手術不能難治性気胸の治療に取り組んでいます。また、嚢胞性肺疾患では気胸の再発が多く、再発防止を目指した手術治療として全肺胸膜カバリング術(total
pleural covering; TPC)を連携施設である日産厚生会玉川病院気胸研究センターに紹介して施行してもらう場合があります。