桑鶴良平(放射線科 診断部門教授)
桑鶴教授
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第7回 「若手へのメッセージ」
臨床画像2014. Vol.30,No.3 p327 「私を変えたこの論文」を改編
掲載日:2014.06.30
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)

放射線診断専門医を目指す、もしくは放射線診断専門医になって数年の若手の先生方には、どちらかというと新しいことにチャレンジしてその成果を問うというよりも、自分の勉強をして知識や読影能力を上げることに興味を持つ人が多いと感じている。放射線診断専門医としては、大学病院など疾患の偏りが比較的少なく症例の多い病院で、自分の診断した内容のフィードバックを得ながら、少なくとも10年程度頑張って初めて一人前になるのではないかと思っている。従って、放射線診断専門医取得はあくまで通過点で、そこからさらなる精進が必要である。癌研での研修時代に、当時名誉院長の黒川利雄先生に「山上に山あり」という先生の著書をいただいた。高い山に登ってみると眼前にはもっと高い山がそびえ立っていたということで、放射線診断専門医になってもまだ、先に学ばなければならないことがたくさんあるという点で同様である。

放射線診断専門医になるまで、および放射線診断専門医になってからは2つの勉強が必要である。まず、自分で画像診断専門書やインターネットを通じて勉強したり、学会などの勉強会に出席して、新たな知識を得ることが第1に挙げられる。そしてもう1つは医療の現場で同僚、臨床、病理の先生と自分が診断した画像診断とその結果について議論することである。後者については忙しい臨床現場や出張先などではやや軽んじられてしまう傾向があるが、何事も「百聞は一見にしかず」である。勉強会でいくら勉強しても、実際に自分が診断した結果を確認するとしないとでは、診断能力に差が出る。小さなリンパ節が徐々に腫大していき、明らかに転移と診断するのには数年かかることもある。炎症と思っていた肺の病変が実は癌であったなどという経験もする。前立腺癌のMRI診断などは何例も見て病理と対比してフィードバックして、初めてある一定レベルの診断能力に達する。ほかの分野でも枚挙にいとまがない。こういった「臨床画像診断医」としての実力向上は、常に臨床医・病理医とのかかわりをもっている、院内外のカンファレンスに参加するといったことをしないと得られにくい。

教育に関しては、指導医は放射線診断に興味を持つような指導が必要で、私もそのように教育を行っていきたいと思っている。特に放射線診断医は、長い生涯に渡って医療業務が可能で社会貢献が可能な事も強調したい。また、内科や外科などと比較して圧倒的に人数の少ない放射線診断および治療分野では、施設間の垣根を越えた協力が臨床、教育、研究の発展に必須である。お互いに「passiveからactiveへ」転換し、交流し合うことにより放射線科全体の底上げにつながる。実際に最近、数ヶ月間の予定で他大学から受け入れた放射線診断専門医の先生には、私も若手医師も大いに刺激を受けた。

研究に関しては、臨床研究においても基礎研究においても、あることがきっかけで論文を読み興味が湧いてくると自分のアイディアが生まれ、実行に移すときに自由に先輩の意見を聴けるような環境が望ましい。特に臨床研究は「臨床画像診断医」としての実力向上にも寄与するため、若手の放射線科医師の皆さんには、臨床や基礎の研究にもチャレンジしていただきたい。
第6回 「女性放射線科画像診断医の将来」
掲載日:2013.03.06
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
近年、当科に入局する女性医師の比率が増加傾向にある。放射線科画像診断の領域は、年齢による体力の衰え、自身や周囲の生活や社会環境が変わっても、種々の変化に合わせて長く続けられる仕事である。特に出産・育児に直面する女性医師が、研修や業務の中断を最小限にして復帰し、長く続けていける分野だと、入局勧誘の時に強調して伝えている。

結婚して出産し、育児をしながら業務を続ける女性には、現状では医師として1人前になり、社会貢献していく道のりに大きなハンディキャップがある。そのため勤務が断続し、研修医として充分な研修や専門医取得後の更なる実力向上・維持が困難なことも多い。厚労省でもこの点について長年認識しており、改善しようとする動きが活発になっている。私自身、女性医師の研修・業務の継続を何とか支援したいと思い、ここ数年色々と考え準備してきた。

放射線科にはそういった取り組みに際し幾つかの利点がある。まず、画像診断は、急を要する検査はその場で結果を伝える一方で、それ以外の検査は可及的速やかに画像診断結果を返すように努力すれば、読影する時間帯や場所の制限がないという特徴がある。ローテーションを組めば、昼でも夜でも休日でも個々の生活スタイルに合わせて読影することができる。

第二に、何といっても上記のような読影法を可能にした、遠隔画像診断システムの急速な発展がある。セキュリティに気をつけて施行すれば、画像診断は検査を施行した施設に限らずにネットワークを介して自宅などの異なる場所で行うことが可能で、育児を行っている(女性)医師が自宅で施行可能である。2時間おきの授乳の合間に自宅で画像を読影することが可能なのである。そして、自宅読影の日を設けることにより、研修、勤務が途切れることなく継続的に行える。

ビジネスとしての遠隔画像診断は既に実用に入って久しいが、大学などの施設で、施設内で行われた画像検査を常勤医が遠隔画像診断するというシステムはまだ少なく、女性医師の研修、勤務継続を妨げる一因となっている。

今まで当科では該当者がいなかったが、その時に備えて大学で施行した画像検査の遠隔画像診断の準備を行ってきた。今回、該当者が現れ本人の希望もあり、大学上層部とも相談し理解・快諾を得て、産休・育休時に研修のために大学附属病院で施行した画像検査の自宅読影を行うことになった。

本来は、可能であれば産休、育休取得は画像診断専門医を取得してからが良いというアドバイスもしている。それは、ただ画像診断するだけでは画像の成り立ちや検査法の進歩についていけず、現場に居て実際に画像検査を行うことが診断能力の向上に必須だからである。特に専門医になるために種々の指導を受ける必要があり、現場で直接に経験することが必要である。しかし、「あくまで可能であれば、」の話で、決して強制ではなく、個々の事情に応じて臨機応変に対応するつもりである。可能になったら画像検査現場に戻り、研修を続ければよい。

産休、育休、そして育児を行いながら女性医師が研修や勤務を継続していくには、職場のシステムや環境づくりだけでなく、該当者自身の努力や職場の仲間への配慮、感謝が必要であることは、医学生や研修医にも日々伝えている。

女性医師が結婚、出産に際して日常診療から離れることが無いような制度を整えるのは私の責任と思っており、是非そういった道を用意するべく、種々の対策を考えている。
従って女性医師の入局はいつでもwelcomeである。
第5回 「IVR(低侵襲治療)の将来」
掲載日:2012.11.21
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
近年入局してくる男性医師の多くがIVR(低侵襲治療)に携わりたいと希望する。大変うれしいことである。2012年6月中旬から念願のIVR-CTが稼働し、毎日IVRが施行可能な体制も整えた。CTで治療部位を確認しながら治療を行えるため、導入後4ヵ月が経過した現在、治療効果の更なる向上に確かな手ごたえを感じている。

当科のIVRはここ3年で飛躍的に質の向上と量の増加が得られた。今年は新たな機器の導入により、更に精度を増し対象疾患も増加している。近い将来に先進医療を含めた新たな手技の導入も予定している。

放射線科画像診断学の診療は質の高い画像を作成し、その読影診断をすることと、画像機器を用いてIVR(低侵襲治療)を行うことの2本柱からなっており、3年前に当科に赴任した時は、各科からもっと当科に治療を依頼して戴きたい患者さんが多く存在すると感じた。施設を変わりIVRの普及に努めた2度の経験では、それを普及するには3年近くはかかると思われたので、拙速にならないように体制を整えながら院内広報活動に努めここまで来ている。お陰様でいくつかの分野では日本でも有数のIVR施行施設となった。

リンパ脈管筋腫症患者さんに合併する腎血管筋脂肪腫の予防的動脈塞栓術は、元来症例が少ない疾患だが、約2年で20例を超える患者さんの治療を行った。遠方から治療を受けに来られる患者さんもおられ、学会発表や論文で比較すると、日本でも治療症例の多い施設の1つと思われる。我々の施行している方法による治療効果も今までの発表と比較して良好である。

内臓動脈瘤の治療も着実に件数が増加している。特に複雑型の腎動脈瘤の治療は独自の治療法で成果が得られている。
肝動脈塞栓術も年間100例を超え、今年度は更に増加すると思われる。他のがんに対する化学動脈塞栓術も増えていくと予想される。

こういった治療は今後益々その需要が高まり増加していくと思われ、それに携わりたいと思って入局してくれる研修医の皆さんは、男性、女性を問わず大歓迎である。

安全で、低侵襲かつ効果的な治療法を提供していくことは、患者さんの利益に繋がり、我々の使命でもある。今後、多くのIVR専門医を育てて、低侵襲治療の発展に貢献していきたいと思っている。
第4回 「放射線診断専門医とは」
掲載日:2012.08.06
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
最近お会いした当講座OBの先生に、「放射線科って何するの」と未だに医師会で訊かれるのだがもっと啓蒙が必要なのでは、とのご意見を戴いた。

ご指摘の通りである。

こういったご指摘は長年開業されている大先輩の先生方に多い。CTもMRIも無かった時代に卒業された先生方は、放射線科医が画像診断を行っていることを実際にご覧になったことがないため、実感が湧かないのだと思われる。画像センターに検査依頼をして返ってくるレポートの多くが放射線科診断専門医によるものだということは、おそらく認識されていないと思う。大学に紹介して帰ってくる画像診断レポートも放射線科診断専門医により作成され、主治医の先生のダブルチェックを受けてから返却されているのだが、主治医の先生だけが読影していると思われているのであろう。

放射線科医に対しては、医師でさえこの程度の認識なので、一般の国民や実習に回ってくる前の医学生には、業務内容が更に想像できないようだ。未だに放射線科診断専門医と診療放射線技師の区別がつかずにX線写真を撮影していると思っている方もおられる。

放射線科治療専門医は、放射線を用いて特にがんの治療をするということで近年の認知度向上は著しいが、放射線科診断専門医は各科診療の陰に隠れがちである。どちらかと言えば縁の下の力持ちのような役割が多い。

実際は、毎日大量のCT、MRIなどの画像検査の読影をしてレポートを書いている。その量は年々増加しており、一検査のCTやMRIの画像の枚数が500枚を超えることもしばしばある。そのような膨大な画像を丹念に読影し、レポートを書いて返却している。診療に貢献しているのだ。ご自分の専門領域はご自分で診断できると豪語する臨床の先生方も、ご自分の専門領域以外については、放射線科診断専門医のレポートを頼りにして下さっている。ご自分の専門領域でも、画像に関しては我々のレポートを信頼して下さる先生も数多くいらっしゃる。画像診断専門医は、中央部門の一員として各科横断的に画像診断レポートを書き、日常の各科診療の一部となっていることを強調したい。そして画像診断が診療の決め手となっている疾患が少なからず存在する事も付け加えたい。

近年の画像診断を用いた低侵襲診療(IVR)は、益々その有効性を増している。低侵襲に治療することにより様々なメリットが得られるが、我々の施行している低侵襲診療については、別の機会に詳細に述べたいと思う。

お陰様で、当院の画像診断件数、IVR件数は共に豊富であり、今後も画像診断、IVRは日常診療で益々必要性が高まり、それに応えていきたいと思っている。

一方で、こういった事実を世間にアピールできていないのは、私共、大学に在籍するものの怠慢であると猛省している。

現在、ホームページのリニューアルを行っており、近々に私共の行っている診療を順に公開し、放射線科診断専門医についてアピールをしていく予定である。
第3回 「シリーズをはじめるにあたって」
掲載日:2011.01.06
臨床画像2010. Vol26 1393「知っていますか?画像診断に不可欠な画像解剖と正常値」より
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
CT,MRIなどの画像診断時に,「異常を認めない」とか「正常」とレポートを書くことが1日に何度となくある。現実には明らかに異常があるほうがレポートは書きやすい。異常所見を記載し,広がりや質的診断,今後の追加検査や治療を推薦するといったレポートが作成される。

異常がないという診断は,正常な形態,正常な値を熟知していて,それらに照らし合わせて判断している。ときに疑問に思うのは,画像診断において正常な形態とか正常な値とかは一体どう判断すればよいかということである。全検査で画像診断医が自分で各臓器の体積を計算したり,CT値を測定するのは費やす時間と得られる効果を考えると意味がないと思われる。体格によっても正常値は異なるので考慮が必要である。将来的には身長,体重,生年月日(年齢)を入力してコンピュータが自動的に各臓器の体積やCT値,辺縁の角度,表面の平滑度などを計算して出力してくれるのであれば,われわれは測定の手間が省け,得られたデーターを参照して所見を書くということが日常行われる可能性がある。

現時点で日本人の画像診断の正常値,正常の形態に関して,特にCT,MRIの分野で全身を網羅した正常値の成書はみられない。したがって断片的に正常値が書かれた文献を探したり,自分で正常と思われる症例と異常と思われる症例を積み重ねて検討しているのが現況と思われる。画像診断は今後も進歩し,空間分解能やコントラスト分解能の変化により,正常値はやや異なってくることもあると思われるが,現時点で正常値や正常形態についてまとめてみたいと思ったのが本シリーズ企画のきっかけである。その後,各領域の専門の先生にお願いして,現在は多領域における執筆が進行中とお聞きしている。多くの文献を調べたり,画像を集めたり各分担執筆者にはご苦労をおかけしているが,画像診断の質の向上のため,新たに画像診断の勉強をはじめた研修医教育,医局員教育のためと思って執筆を快諾していただいた諸先生に感謝する次第である。よい原稿が出そろってきており,ぜひ,日常診療で参考にしていただきたいと思っている。
第2回 「自分を信じる、そして自分の人生を信じる」
掲載日:2010.08.09
日獨日報2009. Vol.54 NO3・4 4-5「VORSCHLAG」より
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
私は今年(2009年)6月に9年ぶりに母校のキャンパスに戻った。その間に順天堂大学医学部附属浦安病院に9カ月、東京臨海病院という文部科学省所轄団体である日本私立学校振興・共済事業団の所有する一施設である東京臨海病院の立ち上げに2年6カ月、東京女子医科大学の放射線医学教室で5年8カ月過ごした。

40歳代の大半をこれらの施設で過ごせたことは偶然ではなく、今の自分があるために必要な経験であったと思っている。

浦安病院では、それまでの全力疾走から大きくギアチェンジをし、周りの先生方には大変御迷惑をおかけしながら次のステップに向けて、今までの人生を振り返り今後の準備をした。

東京臨海病院では、逆に猛烈な勢いで病院立ち上げに参加した。建築から、機器購入、さまざまな院内運用の取り決め、電子カルテ導入準備と勢いに乗って病院の開院に向けて走り回った。病院開院、建築、機器購入、電子カルテ、会議の進め方など多くのことを学んだ。開院後は、電子カルテの改善に向けて委員会の長として職員からの批判を不満のはけ口として受け止めた。みなし公務員としての考え方や行動の仕方を学び、教職に戻る準備を始めた矢先に東京女子医科大学から声がかかった。

取り巻く環境をあまり把握せず、東京女子医科大学に向かった。そこで待っていたものは今まで経験したことのない厳しい試練であったが、現況の把握・分析・対処法などを学んだ。人手不足の折、画像診断、interventional radiology(IVR)業務、学生・研修医教育に取り組んだ。お陰様で多くの画像診断、多くのIVRをこなし、学生や研修医と日々の密な交流ができた。特にIVRにおいては、多くの患者さんと出会い、いろいろな経験を通じて手技的にも人間的にもたくさんのことを学び、決断力、洞察力、感謝の気持ちを身につけることができた。

今でも東京女子医科大学の各科スタッフの方々との交流は続いており、定期的にIVRを行ったり症例のコンサルトを受けたりしている。また、東京女子医科大学の学生が本学に実習に来たり、本学に在籍する東京女子医科大学卒の研修医に声をかけられたり、画像のレクチャーをしたりしている。

元来、派遣や留学で色々と外の施設で働き学ぶことが好きだったが、この9年間働いた各施設では、かけがいのない経験をさせていただいたことに感謝している。在籍したどの施設でも共通していたのは、看護師、診療放射線技師、事務やその他のコ・メディカルの方々と協調し信頼して仕事ができたことだ。ベクトルを1つにして開院を目指す、診断・治療に有用な画像を得るために意見を交換する、患者さんやご家族、主治医と連絡を密に取り生活の質の向上を最優先にIVRを施行する、といった事に取り組んだ。その先には何が見えていた訳ではなく、自分を信じて常にその時のベストを尽くそうということだけを考えた。

母校に帰って数カ月、医局の後輩の頑張りには素直に頭が下がる。彼らの頑張りに報いるよう今まで温めてきた色々なビジョンを日々示し、厳しくも楽しい雰囲気の中で画像診断医の育成を心がけている。着任後2カ月が過ぎ、学位を目指す医局員に研究テーマを与えることができるようになった。

今後放射線科の方向性、発展性については種々の意見があると思うが、自分の学んできた道を信じ、これからの人生を信じて画像診断およびIVRの臨床、教育、研究に取り組んでいくことにより道は開けると思っている。
第1回 「Dormancy」
掲載日:2010.08.09
画像診断2009.12 Vol.29 No13.1477「すとらびすむす」より
桑鶴良平 (放射線診断学講座 教授)
 
Dormancyという言葉は一般的には休眠状態、休止状態を意味している。Dormant volcanoというと休火山を意味する。学問の世界でも常に新しい研究発表をし続けるというのは、本人の強い意欲、探究心、環境など様々な要因がうまく機能しないと難しい。たまたま成果を出すまでに時間がかかる研究に取りかかった場合、しばらく学会発表は休止状態になることもある。そういった場合、成果が出た時点までを少しずつ発表したり、IVRを含む画像診断学では症例報告や、並行して行っている臨床研究の発表を行うことにより学会に出席が可能である。近年は学会の流れも教育に重点を置くようになり、内容が多様化しているが、教育発表は若手医師育成に重要であり、学会における大きな柱の一つとして今後より重要な位置を占めると思われる。画像診断学における新しい発表は、新たな機器や症例数の多寡の関係で、発表できる施設が限られることも多いが、教育展示や機器の新旧を問わない地道な研究でdormancyに入っていた研究者が再び学会活動を始めるのを見かけると喜びと共に敬意を払う次第である。

一方で、医学の世界ではdormancyというと細菌が発育を始める前の休止または潜伏期という意味がある。近年は細菌に対してだけではなく、がんに対してもこの言葉が使用されている。胃がん、大腸がんなどは5年生存するとほぼ治癒したと考える一方で、乳がんや腎がんなどは術後10年を経て再発することもあり、私も腎がん術後38年を経て肺転移を来した症例を経験している。一見治癒したと思えるがんが10年以上を経て再発が起こってくる現象に対して、その間にがんが活発に活動していたとは考えにくいためdormancyという仮説をあてはめて考えると理屈に合っているように思える。がん細胞がどこかで眠っていて免疫のバランスが崩れるなど、何らかのトリガーにより活動を始めるわけである。おそらく骨髄で休止しているのではないかと考えられているが、まだ詳細な機序は解明されていない。近年の分子標的薬の進歩による肝細胞がん、腎がんに対する抗腫瘍効果は目を見張るものがあるが、がんのdormancyの機序が解明されることにより新たな抗がん剤の開発や投与法の工夫がなされ、dormancyという概念が過去のものになることを期待してやまない。


鹿間直人(放射線科 治療部門教授)
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第2回 「放射線治療部門のアクティビティー」
掲載日:2024.06.19
鹿間直人 (放射線治療学講座 主任教授)
 
 昨年の2月に教授エッセイを掲載させていただいたのち、1年以上が経ってしまいました。今回は私ども順天堂大学医学部附属順天堂医院(本院)放射線治療部門が、この1年でどのような変化を果たしてきたかをご紹介します。

 最も大きく変わったことはスタッフが大幅に増えたことです。医療・研究・教育には多くの「人の力」が必要です。放射線治療のイメージは大型機器かもしれませんが、がんの放射線治療の分野では「人の力」が最も重要と考えています。私が就任した当時は、本院の放射線治療部門は、わずか4名の医師でスタートしましたが、2年弱の間に10名にまで増え、中堅以上のスタッフに加え若手医師が加わってくれました。また附属病院のスタッフの充実も一歩ずつ進めています。
 本院の放射線治療部門では昨年1月に村上直也教授が国立がん研究センター中央病院から赴任されたのを皮切りに、7月には量子科学技術研究開発機構QST病院から小此木範之先任准教授が赴任しました。このお二人は日本屈指の密封小線源治療のエキスパートで、当院婦人科の先生方のご協力のもと子宮頸がんを始めとする小線源治療の実績を大きく飛躍させることができました。また、大きく変わったことは当科の若手医師が積極的に小線源治療に自ら取り組むようになり、仙骨ブロック、鎮静、組織内照射を併用したハイブリッド照射の技術を習得していることです。「育て方」を知っている二人のエキスパートの力が大きいと考えています。新体制からわずか半年足らずで小線源治療の技術的報告を英文誌に報告するという若手医師も出てきました。また、国内外からの見学者が後を絶たず、先日は米国の研究者が村上直也教授の技術を学びに来日されました。今後も国内外の小線源治療のレベル向上に教室を上げて取り組んでまいります。さらに、医学物理士の飯島康太郎先生が国立がん研究センターから赴任し、これまで私が思い描いていた医学物理分野の研究の概念を覆す新しいアイデアを連発し、研究や臨床に生かしています。人が増え、新しい力が加わることでこれほどまでに教室が明るくなるものかと私自身が驚いています。

 この1年で新たに始めたこととしては、文部科学省の「次世代のがんプロフェッショナル養成プラン」で放射線治療部門の医療人を育成する活動を挙げることができます。東京医科歯科大学、慶応義塾大学、国際医療福祉大学、東海大学、順天堂大学の5大学が連携を図り、取りまとめを私が仰せつかっています。二つのプログラムを柱とし、①「高精度放射線治療/小線源治療を担う人材の育成」、➁「チームで取り組む緩和的放射線治療」を立ち上げました。①の高精度放射線治療/小線源治療では医学物理士を目指す技術スタッフのみならず若手放射線治療医が履修可能です。また、➁の緩和的放射線治療は看護師、心理士、ケースワーカー、薬剤師、医師が対象のプログラムで、講義のほかに実習・演習としてコミュニケーションスキル(ロールプレイ)、支持療法に関するワークショップ、多職種で取り組む包括的アセスメント(グループワーク)などを企画しています。医療職や医療系大学在籍の方であればどなたでも参加可能です。令和6年度のインテンシブコースの履修登録はお陰様で定員に達してしまいましたが、講義、特別講義の単回参加は可能です(令和6年7月に順天堂大学医学研究科のホームページに掲載予定)。

 我々の持つ放射線治療という武器でより多くのがん患者さんに貢献したいという気持ちに変わりはなく、昨年8月には患者会であるNPO法人キャンサーネットジャパンの方にお声がけいただき、「がんの放射線治療のい・ろ・は」と題して一般の方向けに放射線治療の基本的なことをお話させていただきました。フリーアナウンサーの中井美穂さんが司会をしてくださり、現在もYouTubeで見ていただくことができます(【JCF2023】がんの放射線治療の「い・ろ・は」 (youtube.com))。
 今後も様々な方法で「がん患者さんに放射線治療を届ける」ことを目指して活動を進めます。
第1回 「就任にあたって」
掲載日:2023.02.20
鹿間直人 (放射線治療学講座 主任教授)
 
2022年10月1日付けで放射線治療学講座の主任教授に就任しました鹿間です。放射線治療学講座は放射線を用いたがん医療の研究・診療・教育を行うセクションであり、臨床腫瘍学(しゅようがく)の一分野です。放射線治療単独、または手術や薬物療法と併用で治療することで、がん患者さんの病気の治癒、再発予防、延命、症状緩和を目指します。

現在、私どもの部門で積極的に取り組んでいる臨床と研究に関してご紹介いたします。遠隔転移がある患者さんの治療の基本はこれまで薬物療法と緩和ケアが中心でした。しかし、少数個転移のみの場合(オリゴ転移)には、放射線治療や手術療法を行うことで長期に病気が制御できたり、一部の方ではそのまま治癒したりすることがだんだんわかってきました。手術に代わる武器として定位放射線治療技術が登場し、あらゆる部位に適応することが可能になってきました。脳はもちろんのこと、肺、肝臓、副腎、リンパ節など呼吸で動く臓器や、骨(脊椎、非脊椎)にも正確に照射する技術が開発されました。定位放射線治療の利点は体にメスをいれないことや外来通院が可能なことだけではなく、薬物療法の休止期間を最小限にすることが可能な点です。有効な放射線治療を短期間で集中的に治療することで、有効な薬物療法の休止期間を最小限にとどめ、両治療の効果を最大限に生かすことが求められています。肺や肝臓の腫瘍は呼吸で動くため金マーカを病巣部の近傍に埋め込み、透視画像と組み合わせた治療システムで正確に照射します。また、副腎など金マーカの埋め込みが困難な場合には息止め照射などを行いています。脊髄が近接する脊椎にも定位照射を行う事が出来るようになり、高い疼痛緩和効果と良好な病巣制御を目指しています。

「技術的に可能」と、「臨床的に意味がある」とは異なり、現在我々は、JCOG(Japan Clinical Oncology Group:日本臨床腫瘍試験グループ)で乳癌および肺癌のオリゴ転移を対象に、局所治療の意義を検証するランダム化第三相試験を立案中であり、私が乳癌オリゴ転移試験の研究代表者を務めます。また、当院呼吸器内科の先生方とはWJOG(West Japan Oncology Group:西日本がん研究機能)の組織を活用し、肺癌オリゴ転移・増悪に対する局所治療の意義を共同で研究しています。多施設共同の臨床試験を通じて「臨床的に意味がある」「患者さんのためになる(clinical benefit)」を確認していきます。また、個数が少ないというだけの条件では不十分と考えられており、画像やバイオマーカを用いた研究にも取り組んでいます。

我々の持つ放射線治療という武器でより多くの患者さんに貢献したいと考えています。