はじめに

「夜、何回もトイレに行く」そんな悩みを抱えている方はいらっしゃいませんか? 実は、夜間頻尿は多くのご高齢の方を悩ませる代表的な尿路症状の一つです。夜間頻尿にもガイドライン、いわゆる教科書が存在しており、2020年に夜間頻尿診療ガイドライン(第2版)が発刊されました。それによると夜間頻尿とは「夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという愁訴である」と定義されています。当ホームページをご覧頂いている患者さんの中には、2~3回はトイレに行くので困っている!と感じている方も多いのではないでしょうか。以下の解説をご覧頂き、是非”排尿日誌”を記載してみてください。有効なアドバイスを複数記載させて頂きますが、それでもお困りの際は是非当科を受診ください。

疾患の概要

夜間排尿回数は男女問わず年齢とともに増加していきます。夜間排尿回数が2回以上の男性は、60歳代で約40%、80歳以上では約80%と報告されており、女性も同様に増加します。つまり長生きしていると、ほとんどの方が夜間排尿に悩まされるということになります。我々ヒトも生物であるため夜間頻尿は避けては通れない現象と考えられます。しかしながら夜間頻尿は生命予後に関するリスクも報告されていて、2回以上の夜間頻尿があると転倒や骨折のリスクが高くなり死亡率が増加する可能性があると指摘されています。そのため、夜間排尿回数を可能な限り少なくすることが大切だと考えます。
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夜間頻尿の原因

夜間頻尿の原因は多岐にわたります。

(ⅰ)膀胱容量の低下:
あくまでイメージですが、膀胱はゴムボールと似ていると例えられます。年が経つとゴムボールは硬くなり伸び縮みが難しくなるのと同様に、膀胱も若い時のように伸縮性を保てなくなるため、ある程度尿量がたまると尿意を強く感じてしまいます。たくさん尿を貯められて朝まで耐えてくれていた膀胱も、加齢とともに我慢が利かなくなってしまいます。

(ⅱ)概日リズムの減衰:
常に電気機器に囲まれて昼夜問わず明るいことが当たり前の世界に生きていますが、我々ヒトも動物の一種であることを忘れてはなりません。夜明けと共に覚醒し行動する、夜になると眠くなり睡眠をとる、これは全身にある時計遺伝子により調整されています。主に目から入る光刺激により調律されており、概日リズムと呼ばれています。排尿に関しては、夜間に良く眠れるように自動的に調整をしてくれていて、夜の尿量減少、膀胱の畜尿量増加に貢献してくれています。つまり、尿は日中にたくさん作られて、夜間は尿の産生が抑えられておりメリハリがあるのです。しかしながら、加齢とともに概日リズムが減弱してくることが知られており、昼夜の区別が曖昧になってきます。尿産生の調整機能が弱くなってしまうために夜にも尿が産生され続けてしまいます。実際の外来でも、「夜間トイレに行くと結構な量が毎回出ます」という声をよく耳にします。また、睡眠・覚醒のリズムも崩れてきてしまうため、夜間に目が覚めてしまったり日中眠くなり昼寝をしてしまったりと、悪循環に陥ってしまいます。一般的には30分以上の昼寝は避けた方が良いといわれています。

(ⅲ)生活習慣病との関連:
実は夜間頻尿は生活習慣病とも関係があります。糖尿病、高血圧、脳卒中、心臓病、肥満との関連性が指摘されています。メタボリックシンドロームは、夜間頻尿を含む様々な排尿状態に関与し悪化させることが知られています。つまり生活習慣を正さない限り、夜間頻尿の改善は難しいと言えます。逆に、こつこつ体重減少に励み、食生活を改善し糖尿病や高血圧のリスクを軽減することで夜間頻尿回数も減らすことができます。

(ⅳ)飲水過多、カフェインの過剰摂取:
一般的に水分をしっかり摂ることは良いことであると考えらえていますが、実は夜間頻尿の患者さんの多くに水の飲みすぎを認めたとの報告があります。確かに夏場は脱水症状が怖いですが、必要以上に水分を摂りすぎると夜間の尿量が増えてしまい夜間排尿回数が増加してしまいます。同様にカフェインの摂りすぎも頻尿症の原因となります。ついつい緑茶やコーヒーを摂りたくなりますが、摂取量を減らすだけでだいぶ頻尿症が改善する方にしばしばお会いします。

(ⅴ)運動不足:
日中しっかり運動することにより、適度な疲労が熟睡を誘います。特には夕方のお散歩が夜間頻尿を減少させるのではないかと考えられます。実は足の浮腫みも夜間頻尿の原因であることが知られています。足に溜まった水分が布団で横になった際に、心臓に戻ってくることにより最終的に腎臓を通過し尿が産生されてしまいます。ふくらはぎは浮腫みを改善させる筋肉のポンプの役割がありますので、夕方にお散歩することにより足に溜まった水分の一部を排出することにつながります。

(ⅵ)室温の調節:
「夜は暖かくして寝る」これも夜間頻尿を改善させる上で重要です。室内の温度が低くなるにつれて夜間頻尿のリスクが上昇すると報告されています。すでに実践されている方も多いとは思いますが、夜は是非暖かくして寝てください。

必要な検査

排尿日誌:
排尿日誌の記載が最も重要な検査の一つです。排尿日誌と読んで字のごとく、何時にどれくらい排尿したか昼夜と通して記録することです。加えて飲水量も記載すれば水分の出納バランスを正確に把握することができます。排尿日誌を記載することにより、昼間と夜間の排尿回数、1回排尿量、1日尿量、昼間尿量、夜間尿量などの情報を正確に知ることができます。例えば、日中の尿量が2000ml、夜間1000ml排尿していたら、もしかして原因は水の飲みすぎではないか?と考えるわけです。その他、昼間と夜間の尿量の比率を見たりもします。飲水と排尿パターンを「見える化」することにより、改善すべき生活習慣が自ずと浮かび上がってきます。ご自身で問題点が見つけられない場合は、我々がアドバイスし一緒に問題を解決していくことができます。

その他検査:
尿を出し切れているかの検査(残尿測定)、超音波検査(前立腺肥大症などのチェック)などが代表的です。前述したように心不全と夜間頻尿は密接に結びついているため、心不全を疑う場合は循環器専門医に紹介する場合もあります。

家でもできる治療方法

夜間頻尿は日常生活の全てと結びついているといって過言ではありません。適度な飲水量、カフェイン摂取を控える、適度な運動習慣、昼寝を控える、暖かくして寝る、などは既に紹介させて頂きましたが、もちろん食事にも気を付けるべき点があります。それは塩分量です。塩分をたくさん摂ると高血圧の原因になりますし、夜間頻尿の原因にもなります。適度な塩分量を心がけてみてください。そしてメタボリックシンドロームを構成する(肥満、高血圧、高血糖、脂質異常症)要素が増える毎に夜間頻尿のリスクが増加することが明らかとなっており食生活の見直しが大切です。

病院で可能な治療方法

まずは記載頂いた排尿日誌を我々と一緒に参照しましょう。生活習慣の見直しやアドバイスを行います。実は大半の方が、生活のアドバイスだけで夜間排尿回数を少し減らすことができます。夜間頻尿を完治させることは極めて困難であるため、生活に支障が出ないくらいに改善する、を目標としていきましょう。その他、過活動膀胱治療薬、前立腺肥大症治療薬、デスモプレシンなどが薬剤として挙げられますが、薬剤は良い面もあれば副作用もあるため慎重な判断が必要です。糖尿病、心不全等基礎疾患があればその治療を行います。

コラム 早寝は正しいの? 8時間睡眠は正しいか?

最近は耳にしなくなりましたが、以前はよく「8時間睡眠が健康に良い」といわれていませんでしたか? 完全にウソではないですが、間違いの部分もあります。ヒトは年齢とともに平均睡眠時間が減少していくことが報告されています。小・中学生くらいは平均睡眠時間が8時間程ですが、60歳代は6時間前後、80歳代では5~6時間であるといわれています。つまり、年齢を重ねていくと8時間も寝られない身体に変化していくわけです。例えば21時に就寝してしまったら、午前3時くらいから覚醒してしまうので、その後はなかなか寝付けず、ついついトイレに行ってしまうというわけです。必要な睡眠時間(例えば6時間)で換算してみると、実は「そこまで夜間頻尿はひどくなかった!」という方にもしばしばお会いします。自分の身体をしっかり知ることも大切ですね。